皆さん、こんにちは。運営委員です。
いつも自己発見の会にご理解ご支援ありがとうございます。
私は職場のストレスを扱う仕事をしています。この4月に担当が変わり働く職場の様々な問題を間近で観ることとなりました。これまでも集中内観の面接のお手伝いで働く世代の内観者様の面接を聞いてまいりましたが、聴くと観るでは随分違うなと感じております。
内観面接ではあくまで内観者様が切り取った事実であります。特に内観初期は職場での人間関係のトラブルでも、どちらかというと内観者は自分が迷惑をかけられたものとしてエピソードを語ることが(特に最初は)多いように思われます。それが1週間かけて三項目により少しずつ視点が変容していくこととなります。
内観面接者は、ただ従者として、その面接に耳を傾けます。現在、職場での私の立場は、現在進行形で発生している生身の職場の人間模様をリアルタイムで知ることができ、内観者の意識のフィルターがない分、より中立的な視点から全体を見ることができます。トラブルに至るまでの経緯や、もともとの人間関係、それ以前の性格の違いによりミスコミニケーションなど、トラブルに至る原因や背景を知る材料に多く触れることができる立場とも言えます。
職場のストレスは、仕事の質や量、裁量度など仕事の性質から来るものや、職場の人間関係に由来するものなどいくつもの要素があります。私の仕事はいわばストレスの素となる外部的要因を洗い出す仕事と言えるかもしれません。各要因ごとにストレスの量を数値化して、それへの対処を職場の改善としてご提案させていただきます。
しかし、本音のところをいいますと、このストレスの素をストレスと感じる各人の意識は主観的なものであります。人により感じ方は違い、似た体験を違う印象をもって受け止めています。結局、対象に対してどんなふうに感じるか?を個別に計るのがストレスチェックであり、様々な方を見ていると、体験をより被害者的に見る傾向の強い人が職場でより大きなストレスに見舞われています。
ストレスを環境によりものと捉える認識から、ストレスにより大きな痛みを感じさせるものの見方感じ方が自分にあるとの意識をどれだけ広く持てるかというところに現代のストレスコントロールの鍵があるように思います。そしてその意識を持つ補助としての内観の役割に改めて大きな可能性を感じる今日この頃でございます。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
次もお楽しみに。